| 2日(月) | 3日(火) | 4日(水) | 5日(木) | 6日(金) | 7日(土) | 8日(日) |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 未定 | 未定 | 未定 | 未定 | 未定 | 未定 | 未定 |

| 肩書き | あと111日 |
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| スタイル | T174 |
| 血液型 | B型 |
| 出身地 | 静岡県 |
| 入店日 | 2019年2月18日 |
ほくろ
紫色
声
バスケットボール
気持ち
音楽鑑賞、読書
芋けんぴ、子持ちシシャモ
タイタニック
美術館
可能性
体型維持のためのウォーキングと筋トレ
読書
第10話 笑顔の裏側
家族の愛情はたしかにあった。家には子ども部屋が確保され、暖かいお布団に、学習机まであった。母は身を削るような時間のさなか、地域や学校の行事予定にも顔を出し、おもちゃやお菓子好きの私のために、その都度買い与えてもくれた。きょうだいとも一緒に遊んだり、勉強の仕方を教えてもらったり。友達にいじめられた時には、守ってもくれた。母から注がれた愛情。きょうだいに甘えることができた記憶。けれども、父が倒れてから、我が家には重苦しい空気が流れるようになった。家計の悪化。昼夜働きづくめで、気を張り続ける母。日常的に繰り返される、きょうだい間のいさかいと家庭内暴力。何かが起こらないか。誰かの機嫌を損ねていないか。私はいつの間にか家の空気を読み、周囲の様子をうかがいながら、過ごすようになっていた。私はあの頃、笑顔に何を求めていたのだろう。笑顔を引き出すことができたという満足感。友達と笑い合えた時間。幼い頃の私は、友達を笑わせることが得意だった。くだらないことで笑う。誰かを笑わせる。みんなで笑い合う。笑っている間は、何も考えなくていい。誰かの顔色をうかがわなくてもいい。ただ、その場にいていい。笑いには、まとわりつく煩わしさを一瞬にして払いのける力があった。人生は、選択の連続。その一つに、「職業の選択」がある。あの頃の私は、看護師になろうと考えていた。父が長期入院を余儀なくされたこと。母から、「手に職をつけなさい」と言われてきたこと。そして、テキパキと仕事をこなす看護師への憧れ。進路を決めるまでには、両親から受けた影響や職業への憧れもあった。けれど、それだけではない。家族と距離を置くことで、目の前の現実から逃れようとしている自分もいた。 その一方で、自分に不甲斐なさも感じていた。闘病していた父の姿を受け入れることができず、冷たい態度をとってしまったこと。家族間の不和に耐えきれず、家を出ることで、自由の身になりたいと考えていたこと。家族の問題から距離を置き、目を背けることしかできない自分を、私は情けない奴だと思っていた。看護師を目指すためには、学費が必要。けれども、経済的な理由で、これ以上、母に苦労はかけたくなかった。そんなある日のこと。一枚の求人広告が目に入った。工場勤務。派遣社員。最寄り駅から無料送迎バスあり。工場で働いた経験はない。それでも、時給が高く、通勤の条件も悪くない。好都合な仕事に思えた。私は検査工程の一部を担当することになった。流れ作業なので、決められた時間内に決められた量をこなす。そして、次の工程へ引き継ぐ。それが私の役目。単純作業の繰り返しだったこともあり、仕事に慣れるまで、それほど時間はかからなかった。帰宅後は、学校へ入るための勉強を続けた。とはいっても、夕食を食べると眠気に襲われることも。参考書を開いたまま、いつの間にか眠ってしまう。勉強が思うように進まないまま、布団の中へ潜り込んだ夜も、一度や二度ではなかった。それでも、少しずつ前へ進んだ。 工場で働きながら貯めたお金。仕事が終わってから、眠気と闘いながら続けた勉強。一年後。私は専門学校の入学試験に合格した。看護師になるための道が、ようやく目の前に開いたと、 そう思っていた。けれど――それは挫折の始まりでもあった。「実録 私の可能性」つづく
11/1の朝食🥢
☆飲み物スムージー:豆乳+バナナ🍌+りんご🍎+はちみつ入り☆デザートヨーグルト+プルーン
第9話 主債務消滅
一千万円。見当がつかないほどの額だった。それでも家を失わず、教育も受け続けることができたのは、母のおかげである。末っ子である私は、共働きの両親のもとに生まれた。その後、父が倒れたことで状況は一変。治療費や生活費を工面するため、母は会社を立ち上げた。ところが、人を信じやすかった母は、他人の借金まで背負うことになる。会社は倒産。父もこの世を去った。「家が抵当に入っている。」その頃から、私は母の口癖を聞くようになった。ほどなくして、滞り始めた公共料金の支払い。母は貴金属を売るために、足繁く質屋へ通うようになった。「電話には出なくていいからね。」借金の取り立ても始まり、母が私に言い聞かせるようになる……。夜は部屋を暗くして、家に人がいない素振りをする。言われるがまま、私は従っていた。けれども、夜中にも取り立てが押しかけるようになった。静まり返った闇夜に突き抜ける荒々しい声。折り重なるように響く玄関のドアを蹴り倒す音。部屋の奥で寝ていた私の耳にも、否応なしに飛び込んでくる。(早く終わって……)時が過ぎ去ってくれることを待つしかなく、布団を頭までかぶりながら息を押し殺していた。翌日。頑丈だったはずのドアには、無数の蹴り跡が残されていた。ドアを見る度にあの夜の怒号がよみがえり、憂うつさがつきまとう。そんな日がどれくらい続いただろう。気づけば、怒号は聞こえなくなっていた。「お母さんは、どうして会社を作ろうと思ったの?」ある時、私は母に尋ねた。借金が膨らみ、息つく暇もなく働き続ける母の姿を見て、尋ねずにはいられなかったのだ。母は答えてくれた。「お金が必要になったの。 お父さんの治療費を払わないといけなかったから。」母はそれ以上何も言わなかった。私も、その続きを聞くことはできなかった。母にも幸せを選ぶ道があった。思春期になった頃、母から尋ねられたことがあった。「お母さんが再婚したいと言ったらどうする?」「嫌だ」私は返事をした。母を誰かに奪われることが耐えられなかったから。結局、母は再婚しなかった。でも、今になって思う。あの時、私は母の幸せより、自分の不安を優先してしまったのだと……。私にとって母は、どんな苦境でも立ち止まらない人。母が更年期を迎えた頃、髪が抜け落ちてしまうことがあった。頭皮が見え始めていたものの、母はその翌日も、いつも通り仕事へ向かった。苦しい年月を越えても、母は前だけを見て歩き続けた。六十歳になった母は、老朽化した実家を建て替えるため、再び住宅ローンを背負った。年老いた母の手に刻まれていた無数のしわ。言葉が出なかった。それから何十年後、自宅の登記簿謄本を見る機会があった。「主債務消滅」たった五文字。母が人生をかけて家族を守り続けた歳月は、その五文字になっていたのだ。「実録 私の可能性」つづく